2008年05月31日
ダルセーニョさんでランチ
4月下旬に図書館に注文していた
「婦人公論」(4/22号)が借りられることになりましたと
連絡があったので、昨日早速借りてきました。
どうしても読みたかった部分があったので・・・。
薬害肝炎訴訟全国原告団の代表である
山口美智子さんがインタビューに答えられているのを
読みたかったものだから。
福田衣里子さんのブログで紹介されていたのを読んで、
すぐに探したんですが、本屋さんの店頭には既になくなっていました。
山口さんの部分だけコピーして、
今日、図書館に返却。
その後、滋賀咲くカフェでおなじみの
ダル・セーニョさんで連れ合いとランチ。
自家製のベーコンサンドイッチ
自家製のハムサンドイッチ
アールグレイとホットオーレ
5種類のケーキセットをおなかいっぱいに食べて満足でした。
写真撮ってません。
「婦人公論」(4/22号)が借りられることになりましたと
連絡があったので、昨日早速借りてきました。
どうしても読みたかった部分があったので・・・。
薬害肝炎訴訟全国原告団の代表である
山口美智子さんがインタビューに答えられているのを
読みたかったものだから。
福田衣里子さんのブログで紹介されていたのを読んで、
すぐに探したんですが、本屋さんの店頭には既になくなっていました。
山口さんの部分だけコピーして、
今日、図書館に返却。
その後、滋賀咲くカフェでおなじみの
ダル・セーニョさんで連れ合いとランチ。
自家製のベーコンサンドイッチ
自家製のハムサンドイッチ
アールグレイとホットオーレ
5種類のケーキセットをおなかいっぱいに食べて満足でした。
写真撮ってません。
2008年05月30日
集団提訴158人
29日、全国6地裁(仙台、東京、名古屋、大阪、松江、福岡)に158人が集団提訴されました。
2002年に始まった薬害C型肝炎訴訟は、これで原告数775名となりました。
このうち、和解にこぎつけたのは211名です。
2002年に始まった薬害C型肝炎訴訟は、これで原告数775名となりました。
このうち、和解にこぎつけたのは211名です。
タグ :肝炎
2008年05月29日
おひさ・・・よいどころ
あるブロガーさんとのメールのやりとりで、急に「よいどころ」に行きたくなり
どうせ「よいどころ」近辺に買い物の用事もあるので
立ち寄りました。
注文は
島焼きそば
タコライス
ミミガー
もずく酢
アグー豚のウインナー
さんぴん茶
つれあいと2人ならこれで充分でした。
(画像は以前のもの)
みなさーん 次の「よいどころオフ会」
近いうちに呼びかけますから。
2008年05月28日
粟津中卒業生オフ会しませんか
大津市の粟津中学校を卒業しておられる滋賀咲くブロガーの方、手を挙げてください。
昔話に花を咲かせませんか?
オフ会、しませんか?
年代は違っても、共通の話題があるって、いいものかもしれませんよ。
2人でも3人でもいらっしゃれば、適当な日時、適当な場所で・・・。お茶しませんか。
コメントかメール 待ってます。
賛同者が少なければ、この企画はボツということで。
でも、手を挙げてほしいなあ。
昔話に花を咲かせませんか?
オフ会、しませんか?
年代は違っても、共通の話題があるって、いいものかもしれませんよ。
2人でも3人でもいらっしゃれば、適当な日時、適当な場所で・・・。お茶しませんか。
コメントかメール 待ってます。
賛同者が少なければ、この企画はボツということで。
でも、手を挙げてほしいなあ。
2008年05月27日
6月7日は辺野古

普天間基地の移設先である名護市辺野古では移設反対・基地建設絶対阻止の座り込みが始まって1500日を迎えました。
辺野古では25日に集会を開き、「基地建設を止めるために闘い続けていく」と気持ちをさらに固められています。
数人の友人とで、2005年12月から始めた滋賀での辺野古に基地はいらない行動も、名護現地だけではなく、那覇、福岡、大分、赤穂、大阪、京都、名古屋、東京、長野などの全国各地の行動に励まされ、刺激を受け、時には無理せずに続けてきました。
6月7日(土)14:00~15:30
JR草津駅前でビラ配りと署名集めをおこないます。
私たちと一緒にビラを配ったり、署名への協力を呼び掛けたりしていただけませんでしょうか。
タグ :沖縄
2008年05月26日
肝炎の市民公開講座に101人

25日、米原の県立文化産業交流会館小劇場で開催しました「市民公開講座~肝臓がんにならないために」(主催・日本肝臓学会、シェリング・プラウ株式会社、滋賀肝臓友の会)には彦根、米原、長浜を中心に100人を超える参加者があり、近江八幡市総合医療センターの楊孝治医師による「C型肝炎の最新の治療」と題した講演に聴き入っておられました。
3年前にもこの会場で講演会を開いたときには、宣伝活動のなさも原因だったんでしょうが、わずか20人ほどの参加者だったことを考えると、C型肝炎に関する理解、認知度が高くなってきた現れではないかと思います。その理解、認知度を上げてくれたのが、命を賭けて戦い続けた薬害肝炎の原告さんたちでした。
世間では、薬害肝炎問題はもう終わったかのような風潮が出始めていますが、毎日毎日C型肝炎が原因で120人が命を落とし続けているのが厳しい現実です。
医療関係者はもちろん、健康や福祉の領域に携わっている行政関係者、よりよい医薬品、製剤の開発・研究の分野に携わる製薬会社、そして、肝炎の患者・家族がこころをひとつにして、一人でも多くの患者が助かるような手だてを早急に作っていかなければならないと思います。
そう感じた講演会でした。
タグ :肝炎
2008年05月25日
1時間だけでしたが…
5月2日、ミャンマー(ビルマ)を襲ったサイクロンによって
死者約10万人、行方不明者約7万人
家を失った人は何百万人にも及んでいます。
被害者の方々は食料や飲み水も満足に売ることができず
困窮した生活を強いられています。
その現状を伝え、現地に救援の募金を送ろうと
京都や滋賀の大学などに
留学しているミャンマーの学生たち20人が
24日、京都の繁華街=四条河原町の高島屋前で
募金活動に取り組まれました。
私も一時間だけでしたが
市民に大きな声を出して
「ミャンマーの災害救援募金をお願いします」と
呼びかけながら、チラシを配りました。
新聞記者が取材に来られていましたが
支援する私たち「日本人」の4人だけの写真を撮ることを約束してもらいました。
記者さんは怪訝な顔をされていましたが
ご承知のようにミャンマーは軍事独裁政権です。
少しでも現政権に反発するような態度や行動をとると
拘束・逮捕という事態まで予想されています。
アウン・サン・スー・チーさんは今も自宅軟禁状態が続いています。
このサイクロンでスー・チーさん宅も被害が出たそうですが
軍はいち早く壊れた塀を修理したそうです。
また、今回のサイクロン、政府・軍は進路を事前にキャッチし
軍用機などを真っ先に避難させたということです。
さらに、ご承知のことだと思いますが、
現政権は軍事独裁政権を永続的に合法化させるための
新憲法制定のための国民投票を
被災者救済の手だてよりも優先して行なったのです。
そのような現状でありながら、今回、街頭に立ち、
被災者救援募金を訴えられたことはすごいことだと思います。
募金活動は午後1時から6時までされたそうですが
私は次の用事が詰まっていて
開始から一時間だけ手伝わさせていただきました。
2008年05月24日
2008年05月24日
針交換せず採血…島根
22日、そんなに大きくは取り上げられていなかったけれど、島根県内の診療所で約一か月間も血糖値を測定する採血器の針を交換しないで、37人もの外来患者から採血していたという記事がありました。
その中の一人がB型肝炎の感染者だったため、二次感染する恐れのある16人にワクチンを接種したとも。
翌23日の新聞には、『21人肝炎感染の恐れ』と見出しが躍っていました。
この診療所の院長は『看護師にまかせきりだった』とコメントしていますが、開いた口がふさがりません。
針は一人ずつ交換しなければ肝炎に感染する恐れがあると、1953年にWHO(世界保健機構)が警告を出し、1958年には日本も遅ればせながら厚生省令を出しています。
50年経っても、50年前の水準ではなんともいやはやです。
B型肝炎、C型肝炎の治療薬が日々開発され、著効率が上がってきているのに、感染者を増やしてどうするんですか!
著効率が上がったとはいえ、何度治療に挑戦しても完治しない人、年齢や体力の問題で治療にも入れない人の苦しみがわからないんでしょうか!
その中の一人がB型肝炎の感染者だったため、二次感染する恐れのある16人にワクチンを接種したとも。
翌23日の新聞には、『21人肝炎感染の恐れ』と見出しが躍っていました。
この診療所の院長は『看護師にまかせきりだった』とコメントしていますが、開いた口がふさがりません。
針は一人ずつ交換しなければ肝炎に感染する恐れがあると、1953年にWHO(世界保健機構)が警告を出し、1958年には日本も遅ればせながら厚生省令を出しています。
50年経っても、50年前の水準ではなんともいやはやです。
B型肝炎、C型肝炎の治療薬が日々開発され、著効率が上がってきているのに、感染者を増やしてどうするんですか!
著効率が上がったとはいえ、何度治療に挑戦しても完治しない人、年齢や体力の問題で治療にも入れない人の苦しみがわからないんでしょうか!
2008年05月23日
苦人自転車?
クロード・チアリって読む人、
いいひんやろな。
だいたい、読めへんがな。
それこそ、苦しい。。。。
いやいや、そんなことを書きたくて書き始めたんではないです。
昨日は予定になかった休みを取ったんで、
土曜日に予約を入れていた ざ座さん での散髪を急きょ、変更して行ってきました。
ざ座さんに一番近いブロガーを自称しているつむぐです。
結構、髪が伸びていたんで、ばっさりとあっさり、いってしまいました。
若い頃はロンゲで、前髪が顎まで伸びていても気にならんかったのに、
いまでは、耳に少しでも髪が触れると、
もう気になって気になって仕方ないほど。
身辺整理をした後、いやいや散髪をした後、
自転車で少しだけ走ってきました。
自宅から近江大橋を膳所側に渡り南下。
膳所公園から我が母校・粟津中学の前を通り、
唐橋を瀬田側へ渡り、北上して、ロイヤルオークの前を通過し、
自宅へというコースでした。
途中、近江大橋の手前のイオン建設現場の頭上に飛行船を確認。
昔は、あんな飛行船とかから広告のチラシが撒かれてたような記憶が・・・(古っ
ま、たまには風にあたるのも気持ちのいいもの。
また、時間があれば、走ってみようと思います。
同窓生だということが滋賀咲くカフェでわかった
ワガママ日記さんに見習って
おいらも頑張りますね。
2008年05月22日
見つけてしまいました
長文ではなく、その日何があったか、どんな郵便物が届いたか、食費はいくら、雑費にいくら使ったかをメモってるだけの日記です。
何もなければ、当然何も書いてません。
日記帳の体裁は違えど、14冊揃えてみると、我ながらよく続けているなと関心してます。
思い出し書き始めた自分史の記入に役立っています。
で、年金記録の漏れも見つかりました。
2008年05月22日
憲法9条Tシャツ
新聞記事を見て、すぐにためらいもなく注文していました。
胸の部分には「NO!WAR」と大きくアピールされ、隠し文字でくっきり「9」が浮かび上がっています。
このTシャツを着て、街頭などでのビラ撒きでアピールしたいと思っています。
さて、明日5月23日は「狭山デー」です。
2008年05月21日
21万人の声、届け!


本日、ウイルス性肝炎の総合対策の推進を求める署名を国会に提出されました。
その数、212000筆。
350万人の全ての肝炎患者の医療環境の改善のために、全ての国会議員さん、頑張って会期内に「肝炎対策基本法」を制定させてください。
画像は「肝臓のなかまたち(第二世代)」より無断拝借しました。
タグ :肝炎
2008年05月20日
娘の彼氏
先日、娘の彼氏とご対面でした。
栗東のコジャレたお店で会う予定でしたが、しばらくご無沙汰している『よいどころ』にも行きたいしと直前に変更。
堅苦しくないところがいいんではないかと
娘には伝えておいた。
しかし、その日の『よいどころ』、臨時休業。
しかたなく、近くのパスタの店に。
えーっ、ここも『終わったよ』との看板が。
そりゃそうでしょ。日曜日の夜9時をまわってるんだから。
で、隣りの居酒屋へ。
娘が彼氏に会ってほしいて言う男はどんな奴やと、内心心配だったりしたんですが、一目見て、『ええ男やないかい』。
相談ごとを済ませても、彼氏は緊張しているのが、手にとるようにわかる。彼女の父親に会うって、こんな感じなんやろうな。
彼がどこで生まれ、どんな環境で育ったのかなんて関係ないときっぱり意見を言い、二人が幸せにやっていけるんだったら応援することを約束。
自分が聞かれて嫌なことは聞かない主義をアピール。
娘『結婚式はバリであげようかと思ってたんやけど…』
父『バリって、夕張か?』
娘『そう、みんなにメロン持って帰ってもらおうと思って。ちがうわい』
なんて、冗談かましてくれました。
幸せに
2008年05月19日
あと12県です。
一週間ほど前から始めた
「国盗りカウンター」
sumiさんのブログでみつけて、
一回やってみようと貼り付けました。
不思議で、ビックリです。
こんな拙いブログでも全国各地から覗いて頂いているのには。
滋賀県以外では
北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、
新潟、石川、長野、静岡、愛知、岐阜、三重、京都、大阪、奈良、兵庫、
鳥取、島根、広島、徳島、香川、愛媛、福岡、佐賀、大分、熊本、
宮崎、鹿児島、沖縄の35都道府県。
あと青森、岩手、秋田、山形、富山、福井、山梨、
和歌山、岡山、山口、高知、長崎の12県です。
「国盗りカウンター」
sumiさんのブログでみつけて、
一回やってみようと貼り付けました。
不思議で、ビックリです。
こんな拙いブログでも全国各地から覗いて頂いているのには。
滋賀県以外では
北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、
新潟、石川、長野、静岡、愛知、岐阜、三重、京都、大阪、奈良、兵庫、
鳥取、島根、広島、徳島、香川、愛媛、福岡、佐賀、大分、熊本、
宮崎、鹿児島、沖縄の35都道府県。
あと青森、岩手、秋田、山形、富山、福井、山梨、
和歌山、岡山、山口、高知、長崎の12県です。
2008年05月18日
ミャンマー
昨年の10月19日と20日の記事で紹介した、私の知人、在日ミャンマー人女性。
今月のサイクロンによって、南部の河口周辺に大規模な被害が出たため、心配してメールを入れておいたんですが、返事がなかなか返ってこなかったので、いろいろ心配を巡らしていました。
偶然、国に帰っていて、サイクロンに遭ってしまったのか、甚大な被害にあった家族や親戚のために急きょ帰国されたのかなどなど、いろいろ考えていました。
先日、直にご自宅に電話を入れてみました。
すると、元気な声が。
「夕食後の洗い物が終わったところ」との返事にほっと一息つきました。
でも、彼女の話は、お母さんがヤンゴン(ミャンマーの首都)に住んでいて、屋根がそっくり全部、吹っ飛んでしまったとか。
3日前にやっと電話が通じたとか、川の上流から人間、水牛、山羊などの死体が次々と流れてきている。伝染病が広がってきた。私の知人も人命救助のボランティアをしただけで刑務所に入れられた。とかの生々しい話を続けられた。
ミャンマーの軍事政権は、人の命より自分たちの権力の方が大事なんだと嘆いておられました。
中国・四川省の大地震。規模が検討つかないほど、大災害になっています。
何かがあったとき、何よりもまず人の命を優先するかどうかで、その国の姿勢がわかります。
ミャンマーの軍事政権には人の命を優先する姿勢がないようです。
日本もそういう国になりつつありますね。いや、もうなっているのかな。
2008年05月17日
何度も読み返してしまいました。
今日、仕事でネット調べをしていたら、こんな書き込みを見つけました。
読めば読むほど、心に響くというか、何かが落ちるというか、何度も何度も読み返してしまいました。
↓
-最近あなたが手をつないだのは、いつ、どこで、だれとですか?-
病院の待合室に、70歳はとうに越えたかと思われる夫婦が、手をつないで入ってきた。
瞬間、待合室の静かなざわつきが停止した。
手をとりあった老人の微笑(ほほえ)ましい姿を見たのは久しぶりのことだった。
しかし、その手をつないでいる意味は、仲睦まじいことだけが理由ではなかった。
おじいさんは片方の手で杖をついていた。
そして、おばあさんの介添えで、やっとのことで椅子に腰を降ろしたおじいさんは、
「あとは看護婦さんに頼むから。◯時になったら迎えにきてくれよ」と小声で言った。
ふたりの手は「ささえる」ためにあった。
手と手が触れ合うという行為は、「つなぐ」に関わらず、ある意思を相手に伝えるひとつの手段でもある。
私は、人前で、手をつないで歩くのが未だに気恥ずかしいと思っている。
だから町で手をつないでいる男女を見ると、、どうしてもつい好奇の目で見てしまう。
思えば、私が異性の手を握ったのは高校時代のスポーツ祭でのフォークダンスと、
仕事に就いてから覚えた社交ダンスのときだけで、
特定の人の手を特定の場所で握った経験は記憶のなかにない。
その後、私が意識して人の手に触れたのは、道を歩いていたときの、まだ幼かった子どもの手ぐらいである。
しかしそれは、愛情表現というより、子どもの束縛のためだった。
子どもを歩道からはみださせないための、「つなぐ」というより「つかむ」という行為だった。
唯一意識して人の手を握ったのは、家人が危篤状態に陥ったときである。
映画やテレビドラマのそのようなシーンを見ていて、「泣かせる演技だ」だと可笑しくなったものだが、
いざその立場になると、自分も思わず家人の手を握っていた。
「時間の問題だ」と医者に言われて、する術(すべ)しか残されていないことが哀れでしかたがなかった。
過日、テレビで、60-年代の頃のある青春映画を観た。
偶然知り合った若い男女が、次のシーンで手をつないで町を歩いている。
ああ、恋人同士になったんだ、とそのワンショットでその後の二人の関係がわかる。
映画の基本のモンタージュの手法である。
しかし今日のこのような映画なら、手をつなぐというまだるっこい描写はしない。
次のシーンは、まちがいなくホテルの一室である。
しかもふたりはすでにベッドで抱き合っている。
日本映画の名作の一つに数えられる「遠雷」(監督・根岸吉太郎)では、
お見合いをしたふたりが、その帰りに何の抵抗もなくモーテルに寄る。
このシーンだけで、この作品(原作・立松和平)は大変な話題になった。
あえて言うなら、そこで使われた手の描写は「なでる」とでもいうべきか。
また、「橋のない川」(監督・今井正)の、子ども同士が手を握り合うシーンは、
衝撃的なほどの別な意味合いをもったものだった。
小学校の朝礼の席で、部落出身の男の子の手を、
隣に立っていた女の子が躊躇(ちゅうちょ)しながら握ろうとする。
その手の触れた男の子は嬉しくなってしまう。
しかし女の子は、男の子を好きになったのではなかった。
女の子はあとでこう告白する。
「部落の人の手は凍るように冷たいと家の人が言っていたので、本当かどうか確かめてみたかった」
-おててつないで のみちをゆけば
童謡「靴が鳴る」の最初の歌詞である。
手をつなぐとスキンシップしたくなるほど楽しくなってくる、と純粋な子どもの心を歌っている。
しかし、病院にきた老夫婦のように、私にももはや靴の鳴るような「おててつないで」が、巡(めぐ)ってくることはないに違いない。それならば、「ふれる」でもいい。「つかむ」でも「ささえる」でもいい。それらに、自分の意思を伝える手段として使える手が、まだ少しでも残されていることを祈りたいものだと思う。
あなたは大切な人と、最近、手をつなぎましたか?
2008年05月16日
あぁあ
昨日は朝から、胃カメラ。
3年前からやり始めた、鼻からさし込む胃カメラ。
口からの胃カメラは、オエーッ てなり、評判が至極悪かったんだそうです。
私は口からの胃カメラを経験、体験することなく、いきなり鼻からの胃カメラだったので、口からの苦しさが分からないのですが、それでも、鼻の奥から食道を通って行くときの違和感はなんともいえません。
で、先生に無理を言って、
そのときの私の食道と胃の内部の写真、画像をもらいました。
画像をお見せしたいのですが、ちょっとグロテスクなので、公開するの、やめました。
逆流性食道炎になっています。軽症ですが。
それに、今回、ポリープを発見。
とりあえず、一週間後に良性か悪性かの結果を電話するわと言われて帰ってきました。
タグ :日々のこと


