2008年10月31日
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11月1日(土)午後2時から3時30分まで、JR草津駅前で日米両政府が民意を無視して強行的に人殺しの基地をつくろうとすろことに絶対反対の立場で署名集めとチラシ配りをおこないます。
この時間帯にこの場所近辺におられる方は是非ご協力ください。
Posted by つむぐ at
18:03
2008年10月31日
歩道を歩いていて、3人不当逮捕される!
フリーター全般労働組合より
2008-10-27 声明
フリーター全般労働組合は、10月26日、渋谷で、反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉2008のプレ企画であるイベント、麻生太郎邸拝見「リアリティ・ツアー」に麻生太郎首相への団体交渉申し入れ書を携えて参加しました。
この「ツアー」、社会の「貧困」「格差」を解決すべき人物が、私たちとどれだけかけ離れた暮らしをしているのかをこの目で見て実感する、誰もが歩くことができる公道を、渋谷駅頭から麻生邸の前まで歩きながら、その土地だけで62億ともいわれる豪邸をくっきり目に焼き付けて帰る、という趣旨のものでした。
フリーター全般労働組合が麻生首相に団体交渉の申し入れをしたのは、私たちが日々取り組んでいる不安定雇用で働く人たちや失業者の労働や生活の問題が、個別企業を相手にするだけではらちがあかず、格差と貧困を放置し拡大させた国にものを言わないと解決しないと考えたからです。
私たちは、日々、アルバイトをクビになって生活が立ちゆかなくなった、有期雇用で雇い止めされた、残業代が支払われない、社会保険に加入させてもらえない、仕事中にケガをしても自費での治療を強要された、偽装請負や多重派遣で働かされ、複数の会社から給料のピンハネをされている――といった相談を受けては、睡眠時間を削り自分の稼ぎを減らしながら懸命に会社との交渉に走り回っています。それでも不安定雇用で働く人の相談は途絶えることがありません。
日雇い派遣の問題も、違法を繰り返した最大手の2社は廃業することになりましたが、管轄する厚生労働省は、長く違法状態を放置し、廃業により仕事や住居を失った日雇い派遣労働者に有効な手をさしのべることはありませんでした。そもそも日雇い派遣がこれだけ拡大したのは、派遣法の規制緩和を繰り返し、派遣可能業務を原則自由化したために、直接雇用のアルバイト、日雇い仕事の雇用が侵食されたからです。
一方で、小泉、福田首相に引き続き、麻生首相は、インド洋での給油活動を含む「対テロ戦争」に莫大な税金を投入しながら、世界規模で人が生きる基盤を壊しています。政権与党は、税制を大企業や高所得者に有利なように変え続けてきました。
金持ちが優遇され、それ以外の人たちの生活がどんどん不安定にさせられるなかで、格差社会の頂上にいて、莫大な資産を持ち、私たちとかけ離れた「金銭感覚」を持つ麻生首相に、直接、私たちの置かれている格差と貧困の問題を説明し、政策の変更を訴えよう。私たちはそう考えながら、渋谷駅から麻生邸に向けて歩道をゆっくり移動していました。拡声器も使わず、隣の参加者と肉声で談笑しながら。参加者はおよそ50人ほどでした。
午後3時、渋谷駅ハチ公前に集まった50人の前にあらわれた渋谷警察署警備課は、麻生邸の規制区域に近づいたら「5名ずつならば通す」旨を向こうから連絡してきました。私たちはそれを踏まえた上で平穏に歩いていました。そして、その直後のことです。道玄坂下に私たちがさしかかろうとしていた瞬間、警視庁公安部及び渋谷警察署警備課は、突如参加者の中へ突入し、3人の仲間を無理矢理羽交い締めにし、路上に組み伏せ、連れ去っていきました。
逮捕された3名には、公安条例違反や公務執行妨害といった「罪状」がならべられていますが、昨夜からすでに一部流されている報道は、警察による虚偽の情報にもとづいたものです。まず、警察はこの移動を「デモ行進」であるとは一度も宣言していませんし、中止の勧告=「再三の警告」もありませんでした。そしてもちろん、参加者が「警察官を殴るなどした」「暴行を加えた」などという事実もいっさいありません。これらは、現場で撮影されている複数のビデオ映像からも明らかです。
私たちは、道理に対しここまでの非道理を重ね、仲間を逮捕し拘禁し、事実を完全にねじ曲げた虚偽宣伝を行う警察に、厳然と抗議し、3人の仲間をすぐに返すことを要求します。
そして、このような無法警備に守られている62億円の豪邸の持ち主が、私たちの問題にきっちりと応えることを要求します。
2008年10月27日
フリーター全般労働組合執行委員会
2008-10-27 声明
フリーター全般労働組合は、10月26日、渋谷で、反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉2008のプレ企画であるイベント、麻生太郎邸拝見「リアリティ・ツアー」に麻生太郎首相への団体交渉申し入れ書を携えて参加しました。
この「ツアー」、社会の「貧困」「格差」を解決すべき人物が、私たちとどれだけかけ離れた暮らしをしているのかをこの目で見て実感する、誰もが歩くことができる公道を、渋谷駅頭から麻生邸の前まで歩きながら、その土地だけで62億ともいわれる豪邸をくっきり目に焼き付けて帰る、という趣旨のものでした。
フリーター全般労働組合が麻生首相に団体交渉の申し入れをしたのは、私たちが日々取り組んでいる不安定雇用で働く人たちや失業者の労働や生活の問題が、個別企業を相手にするだけではらちがあかず、格差と貧困を放置し拡大させた国にものを言わないと解決しないと考えたからです。
私たちは、日々、アルバイトをクビになって生活が立ちゆかなくなった、有期雇用で雇い止めされた、残業代が支払われない、社会保険に加入させてもらえない、仕事中にケガをしても自費での治療を強要された、偽装請負や多重派遣で働かされ、複数の会社から給料のピンハネをされている――といった相談を受けては、睡眠時間を削り自分の稼ぎを減らしながら懸命に会社との交渉に走り回っています。それでも不安定雇用で働く人の相談は途絶えることがありません。
日雇い派遣の問題も、違法を繰り返した最大手の2社は廃業することになりましたが、管轄する厚生労働省は、長く違法状態を放置し、廃業により仕事や住居を失った日雇い派遣労働者に有効な手をさしのべることはありませんでした。そもそも日雇い派遣がこれだけ拡大したのは、派遣法の規制緩和を繰り返し、派遣可能業務を原則自由化したために、直接雇用のアルバイト、日雇い仕事の雇用が侵食されたからです。
一方で、小泉、福田首相に引き続き、麻生首相は、インド洋での給油活動を含む「対テロ戦争」に莫大な税金を投入しながら、世界規模で人が生きる基盤を壊しています。政権与党は、税制を大企業や高所得者に有利なように変え続けてきました。
金持ちが優遇され、それ以外の人たちの生活がどんどん不安定にさせられるなかで、格差社会の頂上にいて、莫大な資産を持ち、私たちとかけ離れた「金銭感覚」を持つ麻生首相に、直接、私たちの置かれている格差と貧困の問題を説明し、政策の変更を訴えよう。私たちはそう考えながら、渋谷駅から麻生邸に向けて歩道をゆっくり移動していました。拡声器も使わず、隣の参加者と肉声で談笑しながら。参加者はおよそ50人ほどでした。
午後3時、渋谷駅ハチ公前に集まった50人の前にあらわれた渋谷警察署警備課は、麻生邸の規制区域に近づいたら「5名ずつならば通す」旨を向こうから連絡してきました。私たちはそれを踏まえた上で平穏に歩いていました。そして、その直後のことです。道玄坂下に私たちがさしかかろうとしていた瞬間、警視庁公安部及び渋谷警察署警備課は、突如参加者の中へ突入し、3人の仲間を無理矢理羽交い締めにし、路上に組み伏せ、連れ去っていきました。
逮捕された3名には、公安条例違反や公務執行妨害といった「罪状」がならべられていますが、昨夜からすでに一部流されている報道は、警察による虚偽の情報にもとづいたものです。まず、警察はこの移動を「デモ行進」であるとは一度も宣言していませんし、中止の勧告=「再三の警告」もありませんでした。そしてもちろん、参加者が「警察官を殴るなどした」「暴行を加えた」などという事実もいっさいありません。これらは、現場で撮影されている複数のビデオ映像からも明らかです。
私たちは、道理に対しここまでの非道理を重ね、仲間を逮捕し拘禁し、事実を完全にねじ曲げた虚偽宣伝を行う警察に、厳然と抗議し、3人の仲間をすぐに返すことを要求します。
そして、このような無法警備に守られている62億円の豪邸の持ち主が、私たちの問題にきっちりと応えることを要求します。
2008年10月27日
フリーター全般労働組合執行委員会
Posted by つむぐ at
12:34
2008年10月30日
バカにするな!
目の前にニンジンをぶら下げて、喜ぶっとでもおもってんのか!
要は消費税を上げたいだけの、上げるための姑息手段、選挙対策なんですよね。
私たちもバカにされたもんだ!
私は怒ってます。
こんな民衆をバカにする自公政権を早急に倒さなければ!
皆さん、怒りませんか!
バカにされて腹が立ちませんか!
二兆円もの大金、使い道、もっとほかにあるじゃないですか!
要は消費税を上げたいだけの、上げるための姑息手段、選挙対策なんですよね。
私たちもバカにされたもんだ!
私は怒ってます。
こんな民衆をバカにする自公政権を早急に倒さなければ!
皆さん、怒りませんか!
バカにされて腹が立ちませんか!
二兆円もの大金、使い道、もっとほかにあるじゃないですか!
Posted by つむぐ at
22:55
2008年10月30日
日刊Moimoi新聞より

ヘルシンキは人気のある観光地です(社会)
2008年10月29日
コペンハーゲン市観光局が実施した調査によると、ヘルシンキはコペンハーゲン同様、人気のある街であることがわかりました。この調査は一昨年の夏に、北欧とバルト諸国にある14都市を対象に行われ、5,000人以上の観光客から聞き取りをしました。その内、約600人はヘルシンキに滞在した観光客です。調査によると、ヘルシンキのよい点として、街歩きを楽しめる、街が清潔で綺麗、天気が良いなどが挙げられました。一方で、岩が多く殺風景、人々の服装があまり洗練されてない、歴史や博物館・美術館に関する知名度が低いなどが、良くない点として挙げられました。この結果を受け、ヘルシンキ市観光局は、博物館・美術館の知名度を上げることを、今後の課題としています。さらに、ここ数年、中高年層の観光客に向けた観光プロモーションに力を入れてきましたが、今後は若年層の獲得にも力を入れていく方針です。
Posted by つむぐ at
17:50
2008年10月30日
狭山事件。10/31

明日10月31日は忘れもしない、東京高裁寺尾裁判長による無実の石川一雄さんへの「無期懲役」という差別獄死を狙った判決が下された日。1974年10月31日。
埼玉県狭山市内の被差別部落に生まれた、石川一雄さんが1963年5月1日に発生した女子高校生誘拐殺害事件の犯人にでっち上げられた。犯人にされた理由はただ一つ、被差別部落=「同和地区」に生まれた、ただそれだけだ。
「あそこ(部落)のもんはなにをするかわからん」などという部落差別と偏見に基づき、石川さんを些細な別件で逮捕しただけでなく、全く関係のない女子高校生誘拐殺害事件の犯人に仕立て上げた国家権力に、言葉では言い表すことができないほどの怒りが湧いてくる。
有名な「吉展ちゃん事件」で犯人を取り逃がした警察が威信をかけて、狭山事件では「生きた犯人」を捕まえるために警察、マスコミを総動員した。
そして、石川一雄さん(当時24)を逮捕した。あれから45年。
石川さんは仮釈放されているが、「見えない手錠」につながれたままだ。
石川さんを無実で取り戻そう。
Posted by つむぐ at
12:34
2008年10月30日
風邪
クラビット錠
エクセラーゼカプセル
PL顆粒
ムコソルバン錠
ラックビーR
昨夜から服用しています。
下痢、熱、頭痛、くしゃみ、鼻水…。フルコースです。
こんなこと久しぶりです。フィンランド語のレッスンも昨夜は来週に延期してもらいました。
エクセラーゼカプセル
PL顆粒
ムコソルバン錠
ラックビーR
昨夜から服用しています。
下痢、熱、頭痛、くしゃみ、鼻水…。フルコースです。
こんなこと久しぶりです。フィンランド語のレッスンも昨夜は来週に延期してもらいました。
Posted by つむぐ at
06:15
2008年10月29日
コメントはメールで

勝手ではございますが、コメントを寄せていただける方は、オーナーにメールを送っていただければ幸いです。
danpapaさん、コメントありがとうございました。茗荷村、根底から今までの生活作風を見直す契機になると思います。
Posted by つむぐ at
20:04
2008年10月29日
毎日新聞に記事掲載
薬害肝炎終わっていない
県内の患者・家族ら
恒久対策求め署名活動
【草津】
汚染された血液製剤や集団予防接種などで感染が広がった肝炎問題の恒久対策を求め、県内の患者や家族らでつくる「滋賀肝臓友の会」がこのほど、草津市渋川のJR草津駅前で、署名活動をした。
同問題を巡っては先月28日、C型肝炎患者らが国と製薬会社に損害賠償を求めた「薬害C型肝炎訴訟」で、原告団と被告企業の一つ、田辺三菱製薬(旧ミドリ十字、大阪市中央区)が和解合意書に調印。国とはすでに和解し、02年から続く訴訟は終結に向かっている。
しかし、カルテなどで投与を証明して原告になれたのは、全国350万人とされる肝炎患者のうち1000人程度。国との和解で成立した被害者救済法の対象は原告のみで、大半の患者は治療費助成しか受けられず、実施期限の2014年度以降は助成が続くかさえ不透明だ。
このため、同会は恒久対策の法的根拠となる「肝炎対策基本法」の制定を求め、先月から国会へ提出する署名集めをスタート。草津では会員ら8人が「肝炎問題は終わっていない」などと訴えてチラシを配り、約100筆を集めた。署名の協力、入会などは同会(077-522-8611)。
県内の患者・家族ら
恒久対策求め署名活動
【草津】
汚染された血液製剤や集団予防接種などで感染が広がった肝炎問題の恒久対策を求め、県内の患者や家族らでつくる「滋賀肝臓友の会」がこのほど、草津市渋川のJR草津駅前で、署名活動をした。
同問題を巡っては先月28日、C型肝炎患者らが国と製薬会社に損害賠償を求めた「薬害C型肝炎訴訟」で、原告団と被告企業の一つ、田辺三菱製薬(旧ミドリ十字、大阪市中央区)が和解合意書に調印。国とはすでに和解し、02年から続く訴訟は終結に向かっている。
しかし、カルテなどで投与を証明して原告になれたのは、全国350万人とされる肝炎患者のうち1000人程度。国との和解で成立した被害者救済法の対象は原告のみで、大半の患者は治療費助成しか受けられず、実施期限の2014年度以降は助成が続くかさえ不透明だ。
このため、同会は恒久対策の法的根拠となる「肝炎対策基本法」の制定を求め、先月から国会へ提出する署名集めをスタート。草津では会員ら8人が「肝炎問題は終わっていない」などと訴えてチラシを配り、約100筆を集めた。署名の協力、入会などは同会(077-522-8611)。
Posted by つむぐ at
15:03
2008年10月29日
茗荷村

農を通じて、障害者や健常者、高齢者や若者、子ども。いろんな「差」はあっても「別」なく、明るく楽しく、命に感謝して暮らしていきたいと25年前に、コミューンとしての茗荷村づくりに入られたTさんにお話を伺いに行きました。
当時は11人で。今は150人にも増えているそうです。
東近江市の旧愛東町の山奥にそれはありました。
自然たっぷりで、自然に逆らわずに生活することの大切さや阿波根昌鴻さんの教えや田村一二さんの教えから学び、ゆったりとした精神の中で一生を終える。どんな人でもつきあい、平穏を脅かすものには毅然と立ち向かっていく。ハンセン病元患者との交流、広島での朝鮮人被爆者への支援、カンボジアの難民キャンプなどへの支援、韓国などの残留日本人との交流などの活動も続けられています。静かに。
私は茗荷村のことを沖縄・伊江島のわびあいの里を訪問し、謝花悦子さんから『滋賀から来られたんですか。それじゃ茗荷村はご存知ですか』と問われ、何も応えられなかったことがずっと気になっていて、仕事がらみではあっても、やって訪れることができたことに満足しています。
自分の人生の転換点なのかなあ。
Posted by つむぐ at
06:31
2008年10月28日
米軍の態度に激怒!
米軍嘉手納基地の米兵4人が乗った米軍所属のセスナ機が名護市内のサトウキビ畑に墜落した事件で、基地報道部のマンソン・モリス大佐は『深刻な被害がなく喜んでいる』とコメントした。
セスナ機が墜落し炎上した現場から住宅地まではわずか50m。近くには小学校も、コンビニもある。一歩間違えれば大惨事になっていたのに、この傲慢なコメントは何だろう。
セスナ機が墜落し炎上した現場から住宅地まではわずか50m。近くには小学校も、コンビニもある。一歩間違えれば大惨事になっていたのに、この傲慢なコメントは何だろう。
Posted by つむぐ at
21:35
2008年10月28日
2008年10月28日
2008年10月28日
2008年10月28日
風化?
ある人は主張する。
いつまでも、いつまでも『誰々に差別された』とか『どこどこに侵略された』とか『こんな惨たらしい行為を押しつけられた』とか、後ろ向きな姿勢ではなにも建設的なことが生まれない。早くそういうことは風化させるべきだと。
恐れ入りました。
たぶんこの方は、差別されたり、侵略されたり、暴虐の限りを尽くされたりした経験、体験がおありじゃないようだ。
いやあったとしても、加害者側に立って、差別されたのも、侵略されたのもみんな被害者の私が悪いのだという立場に立っておられるのだろう。
そういえば、広島での米兵による女性暴行事件では、そんな時間に遊んでいた女性に責任があるとおっしゃっていたし、沖縄での少女暴行事件でも同じスタンスでおっしゃって、抗議する人々に悪罵を投げつけられていました。
人権を守ることは、被害者に寄り添って初めて解決の糸口が見えるのに、そんなことは早く忘れろ、風化しろなどとする立場はものすごくはらが立ちます。
いつまでも、いつまでも『誰々に差別された』とか『どこどこに侵略された』とか『こんな惨たらしい行為を押しつけられた』とか、後ろ向きな姿勢ではなにも建設的なことが生まれない。早くそういうことは風化させるべきだと。
恐れ入りました。
たぶんこの方は、差別されたり、侵略されたり、暴虐の限りを尽くされたりした経験、体験がおありじゃないようだ。
いやあったとしても、加害者側に立って、差別されたのも、侵略されたのもみんな被害者の私が悪いのだという立場に立っておられるのだろう。
そういえば、広島での米兵による女性暴行事件では、そんな時間に遊んでいた女性に責任があるとおっしゃっていたし、沖縄での少女暴行事件でも同じスタンスでおっしゃって、抗議する人々に悪罵を投げつけられていました。
人権を守ることは、被害者に寄り添って初めて解決の糸口が見えるのに、そんなことは早く忘れろ、風化しろなどとする立場はものすごくはらが立ちます。
Posted by つむぐ at
08:08
2008年10月28日
新聞折り込み広告から

空撮写真は気に入っている。
普段見れないアングルだから。
これを眺めていると、におの浜がいかに人工的なのかが一目瞭然だ。
この写真の中にはかすかに私の職場も写っている。
Posted by つむぐ at
06:05
2008年10月27日
「ゆんたく」から「つむぐ」へ
ブログタイトルを
「開設」当時の
「つむぐ」に
もどすことにしました。
「ゆんたく」できる状態じゃなくなった
私の勝手です。
また、コメント欄は
当分の間、停止します。
ご意見、ご感想などコメントを寄せて頂ける方は
直接、オーナーのメールしてください。
ブログ上でのおつきあいとしてではなく、
もう一つ踏み込んだおつきあいをしたいと思います。
「開設」当時の
「つむぐ」に
もどすことにしました。
「ゆんたく」できる状態じゃなくなった
私の勝手です。
また、コメント欄は
当分の間、停止します。
ご意見、ご感想などコメントを寄せて頂ける方は
直接、オーナーのメールしてください。
ブログ上でのおつきあいとしてではなく、
もう一つ踏み込んだおつきあいをしたいと思います。
2008年10月27日
2008年10月26日
草津駅で考えたこと
今日の『肝炎対策基本法』の制定を求める請願署名活動が終わった頃に草津駅に娘夫婦が駆けつけてくれ、引越祝いだと花のアレンジを頂戴した。明日、鉢植えをしなければ。さて、その署名活動ですが、こんなに雨降りが長引くとは思わず、でも幸いにも草津駅西口では誰も、どこの団体も使っていなかったので(東口ではあしなが基金の学生さんたちや立命のアカペラコンサートが…)、『50人に1人が肝炎に感染!?』『350万肝炎患者の救済を!』と大書きした横断幕やパネルをはりだし、患者会5名と協力者2名、それにわずか15分ほどでしたが、林参議院議員も駆けつけてくれ、マイクを持ってアピールしたり、自ら署名板を持ち客待ちのタクシー運転手に署名を集めてられました。
個人的には、アフガン侵略を継続するための給油法を支持するような民主党は大嫌いなんですが、こうやって肝炎患者の救済のためにスケジュールの合間を縫って駆けつけてくれる姿勢はすばらしいと思っています。やはり旧知の仲がなせる技なのかとも。
署名活動は約二時間、配ったビラが410枚、集まった署名がなんと101筆ありました。
ただ、ちょっとだけ、心の片隅で期待していた『滋賀咲くを見てきました』というのは皆無でした。
うーん、この厳しい現実。何とかしなければ。
いよいよ、いや、そろそれブログの方向の大転換か……。
2008年10月26日
こ・わ・い
最近、鳴らし方がきっと悪いからだと思うんですが、響くものがなくなったように感じてます。
普段は自分の趣味なんかに没頭していても、「いま」、「ここで」って時に跳ねるものがないと、それまではずっとずっと遠い対岸の火事だと気を緩めていたものが、ふと気がつけば隣の家にまで燃え移り、今にでも自分の家が炎に包まれるかもしれない瞬間にまでなっているようで。
そんな危ない雰囲気なのに、世の中って「平和」なんだなあ。
私はこの先、怖くって怖くって仕方ないんですが、みなさんはどう感じられていますか。
普段は自分の趣味なんかに没頭していても、「いま」、「ここで」って時に跳ねるものがないと、それまではずっとずっと遠い対岸の火事だと気を緩めていたものが、ふと気がつけば隣の家にまで燃え移り、今にでも自分の家が炎に包まれるかもしれない瞬間にまでなっているようで。
そんな危ない雰囲気なのに、世の中って「平和」なんだなあ。
私はこの先、怖くって怖くって仕方ないんですが、みなさんはどう感じられていますか。
2008年10月26日
ゴーヤー

『私の見立てでは、沖縄が全国化する最大の起爆剤となったのは、日本全国のスーパーでゴーヤが売られるようになったことである。それまでゴーヤは沖縄に行かなければ食べられない珍しい食材だった。ゴーヤが沖縄以外の土地で生産・販売され、ゴーヤチャンプルーなどの料理として全国の家庭の食卓にのぼるようになったのは、そう昔のことではない。1972(昭和47)年5月15日の本土復帰を前に、それまで沖縄から持ち出し禁止だったゴーヤの害虫のウリミバエの根絶作戦が始まった。不妊化したウリミバエを大量に放ち、それを交尾させることで淘汰させ、ゴーヤの害虫を全滅させる大がかりなプロジェクトだった。せん滅作戦は18年続き、放した不妊バエは3億匹にも及んだ。こうして沖縄本島のウリミバエは根絶され、1990年11月1日から沖縄のゴーヤは自由に本土に出荷できることになった。それは、ゴーヤが沖縄の特産品でなくなった瞬間でもあった。』
「沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史」(著・佐野眞一)より
私が沖縄を知り始めたのが2000年の沖縄サミット。それ以来、この8年間でなんども沖縄に渡り、基地や歴史を学ぼうと自分なりにやってきたが、ゴーヤーについては恥ずかしながら考えが及ばなかった。うちなーんちゅから『ゴーヤ』じゃなく『ゴーヤー』って伸ばすのよと指摘を受けたりしながら、でもそれがどのような苦労の末、私たちの食卓にのぼるようになったのかは知りませんでした。


