自分史2=沖縄と私その6

2009年01月16日




沖縄と私【その6】



 沖縄の人たちが率先して米軍基地を誘致したわけでもなく、逆に銃剣とブルドーザーで土地を暴力的に奪われ、そこに人殺しの基地がつくられていった歴史を見ようともしないで、「基地関連で働いたり、米軍相手に商売している人もいるので、基地はいるんじゃないか」とか、もっと傲慢な言い方では、「日本を守るためには沖縄に基地は必要なんだ」とか言う意見もありますが、こんな意見を持っている人に限って、自分の街に基地が来たら真っ先に反対するんだと思います。
 ま、これはあくまで予断と偏見ですが。


 少し話題を変えて。
 滋賀県には2000人を優に超える沖縄の人たちが期間工として働きに来ているといわれています。
 もちろん、それ以上の方が、滋賀県に生活の場を移して生活していると推測されます。
 2001年、放映されたNHK「ちゅらさん」の爆発的な人気で、沖縄の人たちに対するイメージができあがりました。
そして、沖縄に住んでいる人たちはみんな穏やかだ、暖かくて、心和む人たちだというイメージができあがり、沖縄の女性を見るとみんな「ちゅらさん」というニックネームが付いたりしたそうです。
 しかし、現実は、2001年、滋賀県内の小学校で子ども同士の口論の中に「おまえはエイサーやってるから、琉球人やろ」という、何ともビックリする言葉が出てきました。
 詳しい経過は省略しますが、私たちはケンカするとき、口論するとき、自分の正当性を押し通すために、相手をできるだけ罵倒したりすることで、少しでも有利な立場に立とうとします。
 その時に出される言葉は、相手を少しでも弱い者として、自分より劣る者として、描こうとするので、その時の言葉は往々にして差別発言だったり、相手の人格を否定する発言だったりします。
 この小学生も相手を自分より低い者として描き、負かすために、琉球人という言葉を使ったものです。
言われた子どもは沖縄出身者でもなく、滋賀で生まれ育った小学生だったんですが、「琉球人」だと言われたことで落ち込んでしまったというおまけも付いています。


 このやりとりを聞いた県内の沖縄出身者が、小学校の担任に抗議したところ、その担任は「(発言した)あの子もいい子なんです。だから差別発言じゃないんです」と言ってのけたということです。
この担任、同和教育には熱心だったそうです。
 その後の経過を聞きたくて、お互いが連絡を取り合い、2003年8月24日の夕方、沖縄館という滋賀・沖縄県人会の事務所で話し合いがもたれることになったんですが、その担任の先生は約束の時間より30分も遅れて電話を掛けてきて、いわゆるドタキャンをしてしまいました。ま、それはそれでいろいろな事情があるので仕方ないことなんですが、二学期に入っても、時間を調整して会いましょうということになったのですが、あれから5年半、電話の一本もよこさず、ほったらかしになっているようです。
また、その担任の先生の行動を支持する先生たちもいて、正直困ったもんです。
 さらに、「琉球人」だと言われてショックを受けた子どもの両親は、自分たちでは沖縄差別に対してなにも声を上げず、すべて沖縄出身者に丸投げしたばかりか、沖縄出身者や沖縄差別発言を大きな問題だと気づいた人たちからの鋭い批判や指摘に対して、「教育関係者からの助言で関係を断絶します」とFAXを送りつけてきたのです。開いた口がふさがりません。


 しかも、この両親らは沖縄差別や米軍基地問題を抜きにした芸能オンリー活動を各種イベントやなんと人権啓発の場でも繰り広げているそうです。
 で、この人たちは2007年の2月に開かれた人権啓発のステージで「アイヌの人たちの言葉も沖縄の人たちの言葉も方言」だと言ってのけてしまっています。この場にいた人たちの中には、人権の教育や啓発を実践している人たちが多くいたんですが、自分たちはそのような差別発言を聞いていても何も声を上げず、「おかしい!」と声を上げた人びとを非難する論陣が張られていて、もう分けがわからなくなっています。


 常日頃から、おかしいことにはおかしいと声を上げていこうと言っている人たちが、おかしいと声を上げた人たちを非難する、「何が目的なんや」とまで非難するって、これこそおかしいと思いませんか。


 もうひとつ。「琉球人差別発言」を聞いた、人権関係の職に就いている人は、この人もエイサーを小学生らと一緒にやっていたんですが、この人はなんとなんと、「私らはウチナーンチュにウチナーンチュとしての誇りを取り戻すためにエイサーをやっているんだから、自信を持ちなさい」とその両親に電話で告げたそうです。この発言のおかしさ、まちがい、わかりますか。
 例えば、日本が朝鮮半島を侵略し、朝鮮文化を潰し、朝鮮民族の名前を奪い、誇りを奪ってきた日本民族、日本人が、何の歴史的な反省もなく、チャンゴを演奏しながら「これはコリアンがコリアンとしての誇りを取り戻すためにやっているんだ」と言ったとします。
 わかりますか。この傲慢な言い方。


 さらに、この「琉球人差別発言」を聞いて一年間なにも声を上げず、突然、「抗議の方法が間違ってる」なんて平気で言う方も現れました。

(つづく)


タグ :沖縄自分史


Posted by つむぐ at 01:16│Comments(2)
この記事へのコメント
「琉球人」という言葉のどこに差別的な意味合いを含んでいるんでしょうか?
私は、沖縄人で、本土(大和)に住んでいますが、「琉球人」というアイデンティティー意識を持っています。
度々、自らを”ウチナーンチュ・沖縄人”と自称することがあるのですが、それは琉球人としてのアイデンティティー意識が内包されているから、そう自称するんだと思っているんですね。

沖縄には、琉球銀行・琉球セメント・琉球ジャスコ・琉球大学など琉球という枕言葉がついた団体・会社も普通にあるので、私の中では、琉球という言葉は決して過去の言葉ではないし、特別な言葉でもないんですよ。

管理人さんは、「琉球人=差別単語、差別的呼称」であるという前提で記事を書かれていませんか?記事を読んでビックリしました。

ちなみに、私は日本復帰生まれの80年代世代です。
Posted by 在日琉球人 at 2009年05月19日 00:08
♪在日琉球人さん
コメントありがとうございます。
さて、ご質問の件ですが、
私は「琉球人」という言葉そのものを差別単語、差別的呼称だとは言っていません。
例えば、「朝鮮人」という単語もそれ自体は差別単語でも、差別的呼称でもありません。
しかし、口論、けんか、殴り合いのような状態の時、相手を罵倒し、さげすむ時に「朝鮮人が・・」となると、それはもう差別ですよね。それと同じように、子ども同士の口論、けんかの時に出た感情的に相手を罵倒しようと発した言葉「エイサーやってるから、おまえは琉球人やろ」という言い方は、差別です。要は、どういう状況の時に出た言葉なのかを知ることが必要なんではないでしょうか。
100年も前の話ではなく、大阪市内では「朝鮮人と琉球人、お断り」の張り紙が貼ってあったそうです。
ご質問の答えになったでしょうか。
Posted by つむぐつむぐ at 2009年05月19日 20:58
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