嫌われ覚悟で。その1

2008年12月28日

言葉って大事ですよね。

一つの言葉から差別が生まれていくんですから。

あの人は美人というとき、その判断基準は人によってバラバラですよね。

でも肝心なことは本人には関係のない、責任のないことで、ああだこうだとレッテルを張ることでなにかしら線引きをしてしまっていることです。

被差別部落『行政用語では同和地区』に生まれた人は、そこで生まれることを自分から選んで生まれてきたのか。そうじゃないのに、部落に生まれたというだけで差別や偏見の対象になっています。これが現実です。


差別のレッテルって、きわめてひどい言動から始まるのではなく、日常当たり前のように使っている何気ない言葉がある種の引き金になっていくことが大半です。


冒頭の美人だとか不美人だとかもその人に責任のないことをことさら取り上げて、評価することに何の得があるのかと言いたいです。


美人だったらその人が持っているものすべてが肯定されるのだろうか。
美人だったら、人を差別しても許されるのだろうか。違うでしょ。


だいたい、美人ってどのくらいから美人って言うのだろうか。教えてほしいものです。


沖縄の珊瑚を守る取り組みが大事であって、それに関わる人の容姿は何にも関係ないと思いますし、その容姿をことさら強調する必要性もないと思います。


私のコメントを公開するなら、それに対する意見もお願いします。◯◯◯さん。




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