自分史2=沖縄と私その8
2009年01月18日
県内の学校でも沖縄を題材にした平和学習が取り組まれています。
「国内唯一の地上戦」があった沖縄の惨劇を題材にすることで、平和の尊さを語り継いでいくことは非情に有意義なことだと思っています。
しかし、なぜ「沖縄=国内」なんでしょうか。
なぜ沖縄戦からなんでしょうかということです。
沖縄はもともと琉球という一つの独立国家だったのに、朝鮮侵略への出兵要請を拒否したことへの懲らしめと琉球・沖縄が持っていた東アジアとの交易を我がものにするために、1609年、徳川幕府の命を受けた薩摩島津藩が3000名の武装兵を従えて琉球・沖縄を侵略し、支配したときからなぜ教えていかないのかと不思議でなりません。
この段階から、琉球・沖縄の民衆はヤマト(日本)の支配のもとで差別され続け、戦後アメリカ支配のもとで、さらなる無権利状態にたたき落とされ、「日本に復帰」後も何ら変わらない基地の重圧のもとで生活を余儀なくさせられている現状を考えるとき、子どもたちに沖縄を題材にした平和学習を進めるときにそれでいいのかという気持ちになります。
米軍による無差別殺戮攻撃は論外にしても、なぜ日本軍兵士までが沖縄の住民を殺してしまったのかが、沖縄戦を起点にしていてわかるのかと言いたいです。
私が9年間で感じたこと。
それは、歴史的には1429年に統一した独立国・琉球国が誕生し、1609年に日本が琉球・沖縄を組み込んだこと。
つまり、占領したこと。
そして、1871年の廃藩置県の翌年に琉球藩を設置し、1879年に沖縄県になった。
1945年、日本の敗戦によって、米軍の統治下になり、琉球政府がつくられ、1952年に、沖縄と奄美が分離された。
そして、1972年、再び日本に。
今日、米軍再編のもとで、沖縄の基地機能がますます強化され、要塞化しようとしています。
辺野古には巨大な軍港がつくられようとし、浦添にも軍港が建設されようとしていますし、金武町では銃口を民間地に向けて軍事訓練が展開されていますし、日常的に流れ弾の恐怖のもとに置かれています。伊江島ではヘリコプターからのパラシュート降下訓練が日常化していますし、国頭村の高江ではヘリパット(ヘリコプター着陸帯)がつくられようとしていますし、嘉手納基地には地対空誘導ミサイルパトリオットが配備されましたし、宮古島の下地島空港は米軍が使い始めています。
何度も言いますが、沖縄の人たちは自ら進んで基地を受け入れたのではありません。まさに、銃剣とブルドーザーで土地を奪われ、生活を奪われ、「平和」を奪われていったのです。
そして、琉球国を潰され、琉球民族の自決権が奪われてしまったのです。
奪ったのは誰なのか。
日本政府であり、それに異を挟まない私たちなのではないでしょうか。
これからも沖縄と日本の関わり合いを問い続けていきたいと思います。
Posted by つむぐ at 01:18│Comments(0)
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