加害者にならないために

2009年03月10日




沖縄県今帰仁村出身の作家・目取真俊(めどるま・しゅん)さんが
以前、信濃毎日新聞に書かれていた文の中から一部抜粋させていただきました。




1995年9月に起こった米兵三名によるレイプ事件から10年。沖縄の施政権が日本に「返還」されてから33年。沖縄戦が終わり米軍の占領と基地建設が始まってから60年。その間、沖縄人は米軍の支配と演習による被害、米兵の犯罪に苦しみ続けてきた。




いったいなぜ60年も苦しまねばならなかったのか。苦しめてきたのは誰なのか。沖縄人を苦しめ続けてきたのは米軍だけではない。日米安保体制の負担を沖縄に押し付けてきた日本人、つまり貴方たちなのだ。




日米安保条約が成立したとき、沖縄は日本ではなかった。1950年代、米軍支配下の沖縄に、日本「本土」から海兵隊基地を移設し、米軍基地を集中させることで、日本人は日米安保体制の負担から免れた。それ以来、負担を担わされた沖縄では、どれほどの人が爆音被害や演習事故で苦しみ、米兵による被害に遭ってきたことか。




日本人の多くは、沖縄で米軍による事件や事故が発生すれば、眉をひそめて見せる。しかし、その事件や事故を起こさせているのが、自分たちであるという自覚はない。米軍基地(専用施設)の75%が沖縄にあると聞けば、「ああ大変ですね」と同情し、沖縄基地の「整理縮小」や「負担軽減」に賛成もする。しかし、沖縄のために日本「本土」に基地を移転しましょうとは誰も言わない。




在日米軍再編が進む中で、沖縄の「負担軽減」のために普天間基地を「本土」に分散移転しよう、という声が上がると、沖縄にいらない基地はこちらでもいらない、ということが平然と言われる。「本土」でいらない基地を沖縄に60年も押しつけてきたことを棚に上げ、やっぱり日本全体の安全のために沖縄に犠牲になってもらうしかない、という本音は隠して、そっと顔をそむける。




だからといって、沖縄を完全に無視するわけでもない。沖縄の自然や音楽・芸能・文化・食事は楽しみ、「癒しの島」と持ち上げて、エイサーを踊り、ゴーヤーを食べ、沖縄大好きと言って移住してくる人もいる。その点で「韓流ブーム」と「沖縄ブーム」はよく似ている。美味しい所をつまみ食いし、嫌なところは目をそむける。自分が踏みつけた者が、痛みに呻いて声を上げると逆ギレする。沖縄人が必死で基地撤去を訴えても、日本人はせいぜい同情して終りなのだ。




沖縄に米軍基地を押しつけていること。それが沖縄への差別であることを自覚さえしない日本人は醜い。はっきりとそう言おう。辺野古で起こっていることは「沖縄問題」ではない。ヤマトゥンチュー(日本人)が起こしている「日本問題」なのだ。なぜ自分たちが住んでいる地域に米軍基地がないのか。そのことの不思議さを考えてみるべきだ。日本人には「日本問題」を解決する義務がある。



=辺野古が「日本」に問うもの=信濃毎日新聞 2005年5月31日より




読まれた感想はいかがでしてか。



沖縄人と日本人を対立させているように描かれていますが、目取真さんが言いたいのは



沖縄人が基地撤去を必死になって訴えているのに、日本人のあなたたちは何をしているのですか。
貴方たちが大好きな沖縄に住んでいる住民が基地はいらないと必死に訴えているのに、日本人の貴方たちは一体何をしているのですか。
日本政府に対して、沖縄に基地はいらない、すぐに撤去せよと声を上げているのですか。
米軍への思いやり予算に使われている税金に抗議しているのですか。


ということだと思います。もっと言いたいことはあると思うのですが。



例えば、「9・11テロ」のあと、沖縄への修学旅行が激減しました。
「テロの復習攻撃があるかもしれない沖縄に、そんな危険な沖縄に子どもたちを修学旅行で行かせられない」という声が全国で上がり、滋賀県内の学校でも行き先を変更したところがありました。



確かに、危険なところには子どもたちを行かせられないでしょう。



でも、考えてみてください。


沖縄は基地だけがある島ではありません。
そこに滋賀県と同じ人口の人たちが生活している島なのです。
私たちが危険なところと言っている沖縄には、危険と隣り合わせて生活している子どもたちがいるのです。



その子どもたちが居ることを頭の片隅にもおかず、自分の子どもさえ安全なところにおればいいという発想でしかなかったのではないでしょうか。



確かに、危険だとしても、そこでそういう危険なところに住んでいる沖縄の子どもたちの現実に思いをはせられるような姿が求められているのではないのでしょうか。



基地を押しつけている政府に異議を唱えることもなく、「癒しの島」だと言って、自分に都合の良い沖縄だけを消費する姿は基地を押しつけている政府と同じ姿だと言えるのではないでしょうか。



子どもの世界でも大人の世界でも、いじめられる側からすると、いじめる側には当然怒りを持ちますが、いじめを見て見ぬふりをする傍観者もいじめる側と同じに見えるのといっしょではないでしょうか。



私は「沖縄」への加害者にならないようにしたいと思っているのですが、皆さんはどう思われますか。


こんな事を書くとまた、いやがらせのコメントがくるかもしれないので、ホントは冷や冷やしながら書いている小心者です。
ま、そんなコメントは承認しないので。(笑)
 

タグ :沖縄


この記事へのコメント
目取真さんの言いたいことはもっともですが、ただ一方的にこちらが加害者といわれても、という気はします。政府(体制)に対して、国民は弱いものです。うかがい知らないところで税金を勝手に使われているわけで、終いには世界一の優良金融機関の郵政までアメリカの思うようにされる始末・・・。
 まやかしの「癒しの島」をつくって、政府が、マスコミが、日本人(やまとんちゅ)から現状を気づかせないような状況を作っているわけですよね。現実を知る権利があるはずなのに、体制から意図的にフィルターのかかった沖縄しかわからないようにされているわけです。単純に「よくある沖縄」に喜んでいる日本人を揶揄することはできないと思います。逆に日本人の多くが知るための努力をしないからいけない、と言う方がいるかもしれませんが、権力や権威と相対するときには当てはまらないような気がしています。体制の屁理屈を正当化するための新自由主義的発想ですよね。
 日本人は沖縄に対しての加害者かもしれませんが、一方では国からの被害者でもあると思います。現状を正確に理解している日本人ができるだけ何らかの形で、少しでも良いから声を上げることが大事なような気がします。
 とはいいつつ、自分では頭でわかっていてもなかなか行動ができない小心者です。書き込むことで少しずつ変わっていけたら・・・、このブログに出会えたのにはとても感謝しているのです。
Posted by ぴろ中村 at 2009年03月11日 09:22
>>ぴろ中村さん

多少の意見の違いは別にして、真剣に自分と沖縄の関係を考えておられるぴろ中村さんに感謝です。
Posted by つむぐ at 2009年03月11日 20:28
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