腰痛には呪い?
2010年01月23日
ここ一週間ほど、腰痛が酷く、今朝はふとんから起きられないほどの痛さにまで。
こりゃあかんわと腰痛の時のかかりつけの診療所へ。もともと知覚異常性大腿神経痛なので、それがまた悪さをしているのかと思っていたんですが、「これは神経痛だけやないな」と医師がつぶやく。
レントゲンを7枚撮り、再び診察室へ。
どっちを先にするかなあ。
え、なにが?
起きあがれんのなら、こっちが先やなあ。
医師のひとりごとに相づちを打つのが精一杯。
よっしゃ、うつ伏せになって。
右骨盤を押さえながら、「ここやろ」
「$★☆@*&#%£を4cc」と看護士に指示。聞き取れんかった。
注射されていることすら感じず、はい終わり。
診察台から起きあがり、服を着ていると、
「どや、痛みひいてきたか?」
そんな麻酔みたいなことあらへんやろうと思いながらも、ひょっとしたら、痛み止めの注射なんか打たずに「痛いの、痛いの飛んでけ」って、まじないかけたんちゃうんかと。
神経痛もあるけど、一番の痛みは背筋と骨盤がすり合わさって炎症おこしとるからや。腰椎の3、4、5は見事にすり減ったり、ずれとるからと。
まだまだ痛い。
Posted by つむぐ at
13:35
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よろしく
2010年01月23日
「自分がもしその立場にいたら、どんな気持ちになるだろう」
「自分が『当事者』だったら、まわりがどんな風に見えるだろう」
「ひょっとして、何もしない、しようとしない自分がどんな風に見えるだろう」
なーんて考えてます。
そして、はじめから自分の限界を決めず、出来ることを一つでも多く、出来る範囲を一つでも広く。と考えています。
沖縄
私が沖縄にこだわるのは、沖縄の人たちから鋭い問いかけがあったからです。
軍隊は住民を守らない。その軍隊が沖縄に居座っていることに対して、なにも声を上げない自分。
私たちの税金で、その軍隊を養っていることに罪悪感を感じない自分。
なんて、考えると、沖縄のことは沖縄の人たちの問題ではなく、沖縄の人たちが当事者ではなく、逆に私たちが当事者なんだと言うことに気づかされたからです。
沖縄に観光旅行に行くのもいいでしょう。日本と違う、いろいろな面を自分の目で確かめ、焼き付けることはものすごく大切なことだと思います。
でも、優しく接してくれた沖縄の人たちの、とりわけ、おじい、おばあの優しい笑顔の奥底に秘められた、戦争体験。そして、今なお、基地と隣り合わせで暮らしている不安、そういったことに思いをはせているでしょうか。
米兵による女性や子どもたちへの性暴力事件、あるいは沖縄戦の事実をねじ曲げようとする教科書などに、たえず、数万人の人たちが怒りの抗議集会を開いていることに目が向いていますか。
肝炎
自分がC型肝炎と診断され、あれよあれよという間に治療に入り、想像以上の副作用に出会い、格闘し、何とか、今は陰性をキープしているけれど、この経験というか、体験は無駄にしたくないし、この治療の過程で多くの患者さんと出会い、力をもらい、勇気づけられました。他人には完治しましたよなんて、強がりを言ってますが、本当は、陰性をキープしているだけで、いつ再燃するかわからないという不安は消し去ることはできません。肝炎に詳しくない人に、もう一から説明するのも疲れていますが、意外と市民運動を担っている人や人権・差別問題と関わっている人の方が肝炎問題について無頓着・無関心な気が見受けられます。
肝炎対策基本法が成立し、今年はこの法律を名実ともに実のあるものにしていくために、各自治体の肝炎対策の現状を調べ、出てきた水準から、何をどうすれば肝炎患者の命を救えるのか、不安を少しでも解消できるのかを考えた対策を打ち出していただけるよう、訴えていかなければならないと思っています。そう。『調査なくして、発言なし』です。これは私の座右の銘にしようかと思っています・・・。
肝炎問題、ちょっとも終わっていません。これから本腰を入れて取り組まなければと。
それにしても、いっときの『熱気』はどこに行ったんだろう。
手話
手話を身につけたいと思った動機そのものは不純だったんですが、ある日、草津市が募集していた入門講座に申し込み、20回、半年にわたる講座を受け、(誰でもとれるというのが後でわかった)手話検定5級にもチャレンジして合格。
講座だけで終わるのは自分が許せなくなり、同じ受講生に呼び掛けて手話サークルを立ち上げたのが、一昨年の11月だから、何とか2回目の1月を迎えることが出来ました。昨年は仕事の関係で5ヶ月ほど休まなければならせなかったんですが、なんとか、今も続けることが出来ています。
発足当時から見ると会員さんは減っていますが、新しい人も加入してくださり、和気藹々と手話の学習を積み重ねています。
なぜ、手話を身につけたかったのか。それは、例えば、人に聞かせたくない、聞いてもらいたくないことを手話で伝えたいなと。
ま、これは不純な動機でした。
でも、学習を進めていく中で、聴覚障害者の置かれている現状を以前に比べると理解している自分がいます。これも、指導していただいている聴覚障害者のアピールが効いているんだと思います。
自分がもし、耳が聞こえなくなったらどうするのか。目が見えなくなったらどうするのか。
考えたこと、ありますか。
手話で話しかけられたとき、あなたならどうしますか。
フィンランド語
沖縄、肝炎、手話。。ときて、フィンランド語って、どんな繋がりなにんやと、自分でも思います。
まぁ、いろんなきっかけが重なって、この世界に入ってしまいました。
それにしても、フィンランド人女性から直接フィンランド語を学ぶなんて、想像も出来ませんでしたし、今年からはフィンランド語を勉強しようとする人たちとの出会いもありました。
もう、後戻りは出来ません。進むのみです。
これからもよろしくです。
Posted by つむぐ at
05:35
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