どう向き合うか
2008年04月22日
私は物心ついたときから、冗談抜きに
「鉄の塊が空を飛べるはずがない。飛行機なんて一生乗るものか」と思い続けていました。
というか、17歳から始めた新聞配達の仕事で一生を終えるものだと思っていたので、
仕事の環境を考えると、飛行機でどこかへ行くなんて、絶対にあり得ないことだと思っていました。
それなのに、その新聞配達の現場から「足を洗い」、
3年ほどトラック運送の世界でこれまた「違った世界」を見聞した後、
2000年の夏7月下旬、ひょんなきっかけで初めて沖縄の地を踏むことになりました。
この時は米軍の嘉手納基地を人間の鎖で取り囲み、
「平和のために基地を撤去しよう」と声を上げるために参加しました。
初めての飛行機。離陸するときの体全体にかかる重圧、着陸するときの何とも言えない緊張感。
手に汗握っていました。
でも、この時はどちらかといえば、みんなに連れて行ってもらったようなもので、沖縄を感じることが出来ませんでした。
それじゃ、自分で沖縄に行ってみようと言うことになり、
その年の暮れから、それからは家計を切りつめて、年に数回、沖縄に足を運び、
「本土」から見る琉球・沖縄ではなく、琉球・沖縄から日本の政治や社会、
歴史認識を見ることの大切さを教えられ、学びのきっかけを得ることが出来ました。
そして、2002年5月、滋賀沖縄県人会主催による「『復帰』30年を考えるつどい」に参加しました。この時手にした資料を読んで衝撃を受けました。というのも、那覇市在住の女性が新聞に投稿した記事のコピーが載っていたからです。
「(前半部省略)ところで、今の日本は周辺事態法を持ち、アフガニスタン戦争に出兵し、そして有事法制を成立させようとしている。次に来るのは憲法の改悪、徴兵制だろう。人々は言う。
『戦争には反対なんだけど、仕事が忙しくて反対運動に参加できない』
『戦争には反対なんだけど、今の反対運動って魅力がないからしない』
『戦争には反対なんだけど、反対運動ってなんか怖くってできない』
『戦争に反対だから何か反対運動したいけど、やるからには効果的なことがしたい。でもそれが何かわからないから今はやらない』
『戦争には反対なんだけど、自分なりに平和について考えていきたいから、反対運動はしない』
『戦争には反対なんだけど、今の私には社会的影響力はない。もっと出世してから行動する』
『戦争には反対なんだけど、もっと戦争論や有事法制について勉強してから反対運動はしたい。だから今はしない』。
今すでに自衛隊の軍艦はインド洋にいる。間に合うだろうか」。と。
これを読んで、「本土」に住む私たちに対する痛烈な批判だと感じました。
私はどのパターンに入るのだろうかと悩みました。
なんだかんだといいながら、沖縄を知っているつもりになっていた自分が恥ずかしくなりました。
この段階よりはもっと事態は危険な方向に舵を取っていると思います。
覚えておられるだろうけれど、9・11「テロ」のあと、沖縄の米軍基地が「テロ」の標的になるから、
「本土」の学校は沖縄への修学旅行を軒並みキャンセルし、沖縄のホテル業界を始め大打撃を受けました。
確かに、危険な沖縄に子どもたちをわざわざ修学旅行で行かせられないという気持ちはわかります。
しかし、その段階で、じゃ、そんな危険な沖縄という土地で、日々生活している人たちはどんなに危険と隣り合わせにあるのかということをちょっとは考えたことがあるのだろうかと、この女性は続いて訴えていました。
滋賀咲くブロガーの中でも結構、沖縄に行かれた方、沖縄通の方がおられます。
でも、その方々の書き込みはきれいな海だったり、おいしい料理のことだったり、
非日常体験だったり・・・。
沖縄に日本に駐留する米軍基地の75%が集中していることや
那覇空港に着陸するまでの低空飛行は何も沖縄の自然を乗客に見せるためではなく、沖縄の制空権を米軍が管理しているため、あのような低空飛行しかできない現実や
私達の税金、血税で米軍の兵士の生活を支えていることや
世界一危険な基地だと言われている普天間飛行場の代替施設として、名護市辺野古という小さな漁村の沖合に、核兵器が貯蔵されているという「噂」もある辺野古弾薬庫と直結し、原子力空母までが接岸できる巨大な軍事基地を、ジュゴンの棲む自然豊かな大浦湾をコンクリートで埋め立てて作ろうとしていることや
自然豊かなやんばるの森を切り裂き、ヘリコプターの着陸帯を造ろうとしていること・・・。
そういった戦争とか平和、基地の問題については、一切書き込まれないのはなぜなんだろうと感じています。
基地関係で仕事をしている方もおられるので、基地反対とか、基地撤去を言うとそこで生活している人たちの職を奪ってしまうなんておっしゃる方も確かにおられます。
でも、基本的なところで、この意見は間違っていると思っています。
基地関係で仕事をせざるを得ないようにしたのは誰か、ということです。
それは沖縄の人たちが自ら選んだのでしょうか。
私は違うと思っています。
銃剣とブルドーザーで土地を奪われ、生活の手段をことごとく奪われていった歴史を見ることなく、
目の前の現象面だけをとらえると、見えなくなってくると思っています。
しかも、沖縄という言葉も、もともと奄美以南すべてが「琉球国」という、一つの独立国だったわけですし、
沖縄といえば、「沖縄島」のことでしかないのです。
それを、すべてひっくるめて「沖縄」だと言ってしまう、間違ったとらえ方にも違和感を覚えています。
少しそれました。
なぜ、沖縄に行かれる方、沖縄通の方は、基地の問題、
戦争と平和の問題に書き込みをされないのでしょうか。
逆の発想で、滋賀県に巨大な米軍基地があって、
そこから派生する様々な事件・事故が相次ぎ、
基本的な人権すら守れないような事態が一方でありながら、
他府県からの観光客が「いやあ、琵琶湖は広いねえ」
「鮒寿司も結構いけるじゃないか」
「江州音頭、あれはいい」なんてことしか、
感想を言わなかったら、私は怒ります。
皆さんはいかがですか。
って書いても、コメントないやろうなあ。
Posted by つむぐ at
01:00
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